「黒門中川」の前身 中川商店の開店です。
写真左が創設者 喜八郎の父・中川喜八です。
少年・喜八郎、14歳です
それから10年後(1961年)店奥の方に鉄筋3階の建設が始まりました。
喜八郎の結婚のためです。・・まずは1階部分から。
鉄筋骨組みの中に立つ・喜八。
働き盛りの精悍な顔つきです。
「やるぞ」という決意が伝わってきます。
三階屋上へと・・・
やっと3階のコンクリート部分が完成し、上棟祝いです!!
右側は建築会社社長です。
喜八と喜八郎。喜八郎20歳です。
中川喜八の決断によって、大阪市阿倍野区阪南町から「天下の」黒門市場に移ってきました。
こが新たな出発です。「中川鰹節店」の開業です!
木造部分・建築中!!当時(今から57年前)の現場労働者の様子が分かります。
赤銅色の筋肉とランニングが代表的な姿でした。
すべては基礎固めにはじまります。
建設は上階へ・・・
1961年当時の大阪の空。
ビルらしきものはほとんど見当たりません。
改めて、中川喜八。
ここまではすべて彼の決断と功績です。
1963年10月アメリカのスーパー見学のため
渡米しました。そのパスポート用の写真です。
当時の一家だんらんのすがたです・・
これも喜八郎20歳のころです。
この「中川商店」がこれから『黒門中川』に発展していきます。これは黒門中川になる時のおもて面見取り図です。